車のなかで「あくび工房」を聴きながら、
みなをらしさとは何ぞや?と考える。
今までいくつかのCDを作ってきたけど、全部まったくの別物、という感じがする。
そのとき出てきたものを私は大事にしたい。
逆に言えば、2度と同じようなものは作れないということだ。
「この歌詞はもう書けんなあ…。」とか、「このアレンジはなんて前衛的なんだ。」とか
今になって分かることがたくさんある。
だけど、いろんなことが分かっているつもりでも、これが100%の私たち、と言えるものは作れない。
ものを作って世に出すという行為は実を言うととても恥ずかしい。
その曲、その歌詞で自分のすべてを判断される気がして。
だけど自分から出てくるものしか形にしたくないなあ、と、最近思う。
みなをを客観的に見ることは私には出来ないけど、自分から出てくるもので曲を作っている限りは
らしさが自然ににじみ出てくるのかな。